トヨタの生産方式に関して

「原価の魔術」 第10回

青木幹晴

 ある会社は数年前、新工場を建設した。しかしそれからすぐに経済状態が悪化して生産量が減ってしまい、旧工場も新工場も生産能力が余ってしまうことになった。ところが最近徐々に景気が持ち直してきたので新製品を市場に投入することになった。そこでそれを新工場か旧工場かどちらで造るべきかを決める経営会議が開催された。
 まず新工場の工場長が自信満々な表情で、「新工場は最新鋭機械が入って、作業者も少なくてよくなったし、省エネ性能も抜群です。ですからもちろん新工場で造らせて下さい」と言った。すると旧工場の工場長がすかさず、「旧工場は機械や建屋の減価償却がほぼ終わっています。ですから経理部原価計算課が算出した新製品の製造原価も旧工場は3しかかからないのに新工場は4もかかってしまいます。旧工場の方が25%も安いのです。旧工場で造るのが当たり前だと思います」とこちらも自信満々で発言した。やはり「原価が安い」と言われれば誰もそれに反論できなかった。そして結局、旧工場で造ることに決定した。
 このような議論は、日本のみならず世界の会社で日常的に行われていると思う。そしてこのような結論に陥ってしまうことを「原価の魔術にかかっている」という。
 ではその魔術を解くにはどうしたらいいのだろうか。それは“総費用”で議論してはいけないということだ。原価は“すでに支払いが終わってしまった費用(固定費・埋没コスト)”、と“これから未来に向って新たに発生する費用(変動費)”の2つに大別して考えなければならない。
 ではこの例を変動費と固定費に区分してみる。
  旧工場・・・・変動費2+固定費1=3
  新工場・・・・変動費1+固定費3=4
 変動費だけで比較してみると新工場は旧工場の50%も少なくてすむ。これから未来に向って発生コストが半分ですむのだから、新工場で造らすのが当たり前であろう。固定費は新工場でいくらかかったであろうが、すでに投資は終わってしまっている。それは会社全体で負担しなければならないのだから、新旧の工場が議論すべきものではない。
 ここで売価についても考えてみたい。
  売価・・・・これから未来に向けて会社に入ってくるお金
  変動費・・・これから未来に向けて会社から出て行くお金
 ということは、売価で変動費さえカバーできれば会社から新たにお金が出て行くことはないということだ。だから人を雇っているような場合には、その労務費は変動費なので支払うことができるので雇用維持という観点ならギリギリの線ということになる。しかし売価が変動費を下回った場合は、会社から新たなお金が出て行ってしまうので、その取引はやってはならない。
 従って売価は変動費をカバーできるところを最低ラインと定めてそれより上の価格として、逆に利益の取れる商品はしっかり取っていくというふうに柔軟に設定すべきだ。このようにすれば原価が高くて儲けにくい製品でも思い切った価格設定にできて取りこぼしなく営業できる。
 もう少し身近な例で見てみよう。例えばトラック運送業で荷主が値切ってきたような場合、下記の変動費相当分が請負い金額の最低ラインとなる。
  変動費・・・・労務費、燃料代、高速代
  固定費・・・・トラック償却費、事務所経費の配賦分
 もし請負い価格が、この変動費相当分を割り込んでしまったら、このトラックを走らせることで損をしてしまうのだから断るべきなのだ。