


「国道」の道は一期一会
『国道者』著者・佐藤健太郎さんの国道&国道標識愛
私たちが何気なく歩いている道。何の変哲もないように思える標識。そこに、特別な感情を抱く人がいる。「国道マニア」の佐藤健太郎さんだ。
20年前に国道の魅力にはまり、「道路そのもの」を楽しむために全国の国道をドライブしてきた。その探求心は今も衰えず、各地の道の成り立ちに思いをめぐらせ、標識を愛でることをライフワークとしている。
佐藤さんに国道、そして国道標識の魅力を聞いた。
謎多き国道は研究者の知識欲を刺激する
佐藤健太郎さんはサイエンスライター。医薬品メーカーの研究職を経てライターになり、著書『医薬品クライシス —78兆円市場の激震』(新潮新書)は、科学ジャーナリスト賞2010を受賞。現在も、新著『世界史を変えた新素材』(新潮社)など、科学、とりわけ化学や医薬品の分野で活躍している。
そんな“本業”とはべつに、佐藤さんが長く観察を続けているのが「国道」だ。やはり『ふしぎな国道』(講談社現代新書)、『国道者』(新潮社)と、2冊を上梓している。こちらは趣味的なライフワークではあるが、研究者ならではの探求心をもって、もう20年来のめり込ん でいる。
「もともとドライブそのものが好きだったことと、国道には『知識の欠落を埋めたい』という、理系の研究者ならではの欲求を満たしてくれるナゾがたくさんあるんです。国道を走っていて奇妙に感じたポイントを調べてみると、引っかかるのにはやはりそれなりの理由がある。そうした、歴史的経緯や地理的制約、政治的な事情などの背景を知ったうえで改めてその道を走ると、今まで気付かなかった風景も見えてくるんです」(佐藤さん、以下同)
たとえば、青森県の竜飛崎には全国で唯一の「階段国道(国道339号)」がある。文字通り階段であるため、国道でありながら車が通行できないという代物だ。また、兵庫県神戸市の国道174号は、わずか187.1メートルという「日本一短い国道」である。

それら一つひとつにドラマがあると佐藤さん。
「たとえば階段国道ですが、その成り立ちを調べてみると、なかなか興味深い事実が分かります。こちらはもともと狭い急坂で、周辺の小中学校へ通う子どもたちのために階段が整備されました。階段国道に並行する車道がその後に整備され、おそらくこちらを国道に変更する予定だったのでしょう。ところが、この車道が完成する前にテレビなどで『全国唯一の階段国道』と紹介され、多くの見物客が訪れるようになったため、このまま珍しい階段国道として残し、竜飛観光の目玉にしようということになったようです」
国道標識に魅せられ全国行脚
国道マニアにもいろいろなタイプがあるが、スタンダードなのは国道標識コレクション。訪れた国道の標識を撮影して回るものだ。
「最初は手近な国道から。地元の茨城県内や関東の“おにぎり”を撮影し、コレクションすることからスタートして……」
「ちょっと、ストップ。「おにぎり」とは何だろうか?
「ああ、失礼しました。おにぎりっていうのは国道標識のことです。国道標識は丸みを帯びた三角形で、隅がやや丸く削られています。マニアは親しみを込めて『おにぎり』と呼び習わします。『おむすび』と呼ぶ流儀もありますが、前者のほうが優勢です」
なるほど。ここからはマニアの流儀にならい、以降は国道標識をおにぎりと表記しよう。


ちなみに、おにぎりにはさまざまな型があり、最もスタンダードなのは青くペイントされた標識の上部に「国道」の文字、中央に国道番号の数字、下部に「ROUTE」の文字が入ったもの。「フルスペックおにぎり」と呼ぶらしい(正式名は118系)。
「ほかにも、おにぎり型の中に数字だけが入った『簡易おにぎり』、都心部には夜になると灯りがともる『字光式おにぎり』もあります。また、福島県には小さなプレートに印刷された『ミニおにぎり』、三重県にはガードレールや橋、電柱などあちこちに『おにぎりステッカー』が貼られていますよ。おにぎりの形状や取り付け方法にも、県によって個性があるんです。これらの違いを観察しながら走るのも、なかなか面白いですよ」
さらに、おにぎりの中には「だんご」と呼ばれるタイプもあるという。おにぎりなのにだんごとはややこしいが、これは1本のポールに国道標識が縦に2枚以上並んだもののことを指す。2つ以上の国道が重複している区間に設置されるおにぎり、いや、だんごである(ややこしい)。
「もちろん、だんご標識もマニアにとって愛好すべき対象です。これも、さまざまなタイプがあります。国道同士の交差点 に矢印つきで設置されているだんご標識は、おにぎりを鶏肉、矢印補助標識をネギに見立て『ねぎまタイプ』と呼ばれたりもします。また、通常のだんご標識は若い番号が上に置かれるのですが、ねぎまタイプは直進する国道の標識が上に置かれるのが通例であるため、大きい番号が上になることもあります。こうしたケースを『下剋上だんご』と呼ぶ人もいます。ちなみに、日本橋の国道1号にある最初のおにぎりもこの『下剋上だんご』タイプですね」
特徴ごとに名称をつけてカテゴライズするのはマニアならではの楽しみ方という感じがするが、たとえが全て食べ物なのがかわいらしい。そして、「おにぎりステッカー」だの「下剋上だんご」だの、ネーミングセンスが絶妙だ。


「レアおにぎり」を求めて
さて、そんなふうに標識を意識しつつ国道を走っていると、稀にレアなおにぎりに出くわすことがあるそうだ。なんでも佐藤さん、おかしな国道標識を一瞥すると背筋がぞわぞわしてくるのだという。レアなおにぎりを見つけることだけに特化した能力だ。
「たとえば、『ROUTE』のスペルが間違っている標識です。栃木の山の中、国道121号で見つけたおにぎりは『ROUOE121』となっていました。他にも、琵琶湖近くを走っているとき、超人的動体視力(笑)でとらえた歩道橋上の『RUOTE161』という標識もありましたね。こうしたミスおにぎりは、知る限り9枚存在しました。かつては標識を一枚一枚手作業で作っており、ごく稀にこうしたミスも起こったようですね」

道路管理者としてはあるまじきミスなのかもしれないが、佐藤さんにとってはじつに味わい深いおにぎりなのだという。だが、そんなマニア心など知る由もない行政の手により、これらは粛々と撤去・交換が進んでいる。佐藤さんは寂しそうに語る。
「まだ残っているかどうか、現場を通るたびに確かめるんですよ。そのうちの一つを2002年頃に見に行ったとき、なくなっていてショックを受けました。探してみると、おにぎりが藪の中に無残に捨てられていた……。おそらく間違いを見つけて撤去しようとしたけど、めんどくさくなったんでしょうね。貴重なものに何をするんだよ……と、やるせない気持ちになりました」

佐藤さんいわく「国道の道は一期一会」。それゆえ、毎回のドライブが真剣勝負なのである。
「見かけた標識がいつまでもあるとは限りません。面白いものが見つかれば、即刻カメラに収める覚悟が必要です」
「覚悟」という言葉に、強い思いを感じる。夫婦でドライブに出かけても、おもしろい標識を見つけるやいなや妻をおいて車を止め、撮影に向かうこともしばしばだという。
「妻は国道標識には関心は全くありませんが、僕がやっていることに対しては寛容な態度で接してくれます」
心の広い奥様でよかった。強い覚悟に加え、やさしい配偶者があってこそ成り立つ趣味なのかもしれない。

自分で見つけることに意義がある
現在は国道標識だけでなく、広く標識全般に興味の対象が広がっているという佐藤さん。
レアな標識があるという噂を聞けば、どこへでも行くし、どんな苦労も厭わない。
「これまで20年以上も国道を見てきたのに、国道以外の標識のことを全く気にしてこなかった。標識って空気みたいな存 在で、そこにあるのにみんなスルーしているんですよね。たとえば『駐車禁止』の標識。これ、日本で一番多い標識で、外を歩いていたら視界に必ずあるのに、誰も気に留めない。そう考えると、標識というものにどんどん興味が湧いて来た。すぐに標識の一覧表を調べましたよ」

「これを全部見た人はいるのかな、と思ったもので、少しずつ撮影して回っています。家庭もあるので、さすがに以前ほどの勢いでは走りに出られませんが」
しかしこれだけの標識、どうやって探すのだろう。
「今はインターネットである程度の情報は手に入りますが、あまり正確な場所が記載されていないケースも多いんです。で すからネットでだいたいの場所だけ調べて、あとはひたすら足を使って探します。カメラ片手に住宅街を歩いたり、地方で車中泊をすることも以前はありました。」



ちなみに、子どもが生まれてからは国道めぐりをセーブしているという佐藤さん。当面の目標は、全国の国道の踏破と、まだ見ぬ国道標識の発掘だ。
「国道は、まだ九州のほうに走っていない道が残っています。国道はこれ以上増えないらしいので、いつか制覇したいで す。ただ、ある鉄道マニアがJRの路線を全て完乗したら、目標を失って老け込んだという話も聞くので(笑)、老後の楽しみにとっておくのもいいかもしれませんね」