戦後は警察予備隊にも納品! パイオニア企業がこだわる「働く人のかぶり心地を追求したヘルメット」
落下物や転倒などから頭部を守るヘルメット。工場や作業現場で使用されるほ か、最近では防災用に常備している家庭も多く、身近な存在です。しかし、それがどのように作られているのか、意外と想像がつかない工業製品のひとつではな いでしょうか。そこで、業界のパイオニアであり、これまで産業用に特化して多種多様なヘルメットを世に送り出してきた「住べ テクノプラスチック株式会社」の喜連川工場(栃木県さくら市)を訪ねてみました。
戦後、警察予備隊からの発注でヘルメットの製造に着手
――最初に、ヘルメットを開発されることになった経緯を教えてください。
住べ テクノプラスチック株式会社・代表取締役社長 栗原俊一さん。趣味は読書で、最近読んだ本は塩野七生『ギリシア人の物語』。「学生時代から日本、中国の歴史ものを好んで読んできましたが、今回初めてヨーロッパ歴史の一端に触れました」
栗原社長:はじまりは、昭和27年にさかのぼります。警察予備隊(現、自 衛隊)から「駐留米軍規格による鋼製ヘルメットの下に着用して、損傷を内部で受けとめるためのプラスチック製のヘルメットライナーを作れないか」と依頼を 受け開発に着手することになりました。これを機に、鉱山や建設現場などからの受注も増加したことから、産業用のプラスチックヘルメットの製造が拡大してい きました。
進駐軍の憲兵もかぶっていたMPという型を継承するヘルメット「MA」。コロンとしたシルエットがレトロっぽくてかわいい(筆者撮影)
取締役 工場長 弓削田泰弘氏。運動不足の解消のためにゴルフデビュー。栃木のゴルフ場では、日本鹿の親子や狸に出会うこともあるとか。「下手なりに続けることも大切」とマイペース。ベストスコアは非公開
弓削田工場長:ちなみに、我々の親会社「住友ベークライト」の前身「日本ベークライト」は、およそ100年前に日本で一番はじめにプラスチックを製造した、いわゆる「プラスチック業界のパイオニア」になります。
手のひらに乗せている粒が「ペレット」と呼ばれる原料
ヘルメットを製造する機械。ペレットを熱で溶かし、金型に流し込み、成型することができる。1個つくるのに冷却まで数十秒。
――社名に冠されている「住ベ」の“べ”とは、“ベークライト”の意味で、これは世界初の人工的に合成されたプラスチック、フェノール樹脂のことだそうですね。
栗原社長:そうなんです。1907年にベークランド博士がアメリカでフェ ノール樹脂を発明したので、その名字からベークライトと名付けられました。1911年にベークランド博士の親友であった高峰譲吉博士が日本で試作製造をス タートさせました。その後、1932年に会社組織として「日本ベークライト」を設立、生産体制が整いました。いまでこそ、プラスチックも進化しています が、当時ベークライトは画期的な商品だったはず。警察予備隊に納品したヘルメットライナーもベークライト製になります。
――いまはベークライトではなく、別のプラスチックを使っているんですか?
弓削田工場長:はい。いまは耐熱性や絶縁性などの特性に応じて、「ABS」「AES」「PC」「FRP」の4種類のプラスチック原料を用いています。
どんな現場で使うのか、用途に応じて素材を変えながらヘルメットを開発
――では、フェノール樹脂はもうお役御免になってしまったんでしょうか……?
栗原社長:ヘルメットには使わなくなりました。というのも、最新の素材と比較すると重くなってしまうんですよね。ヘルメットは軽さが求められる商品なので。でも、フェノール樹脂自体は、いまでも高機能樹脂として自動車部品に使われているんですよ。
産業用ヘルメットは「飛来・落下物用」「墜落時保護用」「電気用」の3つに分類
――なるほど。確かに軽さは大事ですよね。
弓削田工場長:はい。あと、何よりも「安全」ですね。これは、かなりこだわっています。ヘルメットは「重要保安用品」ですので、検定試験の合格はもちろん、自社でも定期的に試験を実施してチェックは怠りません。
――検定試験とはどのようなものなんですか?
堀課長代理:大きく分けると「耐貫通性」「衝撃吸収性」「耐電性」の3つ をテストします。これは、「飛来・落下物用」「墜落時保護用」「電気用(使用電圧7000ボルト以下)」の使用区分に応じたものになります。「耐貫通性」 ですと、たとえば60cm上から1.8kgの円錐状の先がとがった金属を落とすなどの試験を実施しています。これは墜落時保護用の試験で、ヘルメットをか ぶったまま倒れたとして、地面に鋭利な金属があった場合、貫通しないかどうかを確認するものになります。
技術部 課長代理 堀 美津男氏。休日の楽しみは日帰りドライブ。栃木から日本海側まで遠路はるばる出かけることも。よく行くのは関東近郊。
「耐貫通性」試験のシミュレーション
――素人の発想ですみません、プラスチックって金属に弱そうなイメージが……。何というか、パキッと貫通してしまいそうな気がするのですが。
栗原社長:ははは(笑)。ご心配には及びません。プラスチックのメリット は、好きなかたちに成形できるところ。そのメリットがあるからこそ、補強したいところは補強することが可能になります。いまはコンピューターでシミュレー ションできますので、どういう刺さり方をするのか緻密に予測できます。頭頂部とサイドでも強度の出し方が変わってくるんです。いずれにしても、成型加工に よって高い保護効果を出すことができます。
――安心しました!
弓削田工場長:安心といえば、国内のメーカーが手掛けたプラスチック原料 にもこだわっています。海外の安価なものの中には、物性値のばらつきが大きなものもあります。ヘルメットは人の頭を守る重要なアイテムとして位置づけられ ていますので、万が一のことを考えると大きなばらつきは許されません。我々はそのリスクを避けています。
メッシュから冷却まで。ひとひねりしたヘルメットが進化中!
――徹底していらっしゃるんですね。開発にあたり、他にこだわっていることはありますか?
弓削田工場長:ひとつは「遮熱性」です。『N-COOL』という製品があ るのですが、これは遮熱素材を練り込んだプラスチックを使用しています。もともと遮熱性が高まる性質をもつ塗料を外部に塗った製品がありまして、何も塗っ ていないヘルメットと比べると内部の温度が8℃ほど下がりました。ただ、塗装は外注委託のため、工数がかかり過ぎて夏場に生産が追いつかなくなってしまう ので、遮熱素材をプラスチックに練り込んだ原料による展開をしました。これにより、内部の温度を通常品と比べて10℃下げることに成功しました。
熱を遮る素材を練り込んだ画期的な製品『N-COOL』
栗原社長:聞いたところによると、コンビニで商品を搬入する際のトレーにも使われているそうです。夏場はおにぎりなど熱をもってしまいますからね。それを避けるために使われているのではないでしょうか。
弓削田工場長:もうひとつのこだわりは「かぶり心地」です。これは、数値 化できないので難しいのですが、ずっと追及しているテーマです。ヘルメットをかぶる必要がある仕事に就いている方の多くは、1日8時間ほど装着することに なります。そのため、重たいとやはり首や肩を痛めてしまうので軽量化はもちろん必要。あとは、頭部のムレをどうやって防止するかも非常に大きな課題で、知 恵を出しながら構造を考えてきました。
堀課長代理:ムレについては、業界で唯一となる「メッシュハンモック」を 開発しました。ちょうど頭頂部とヘルメットの間に、まさにハンモックのようなかたちでメッシュを装着。これにより空間が生まれ、風が通るようになりまし た。新しい製品には、どんどんメッシュハンモックを採用しています。ムレの低減はもとより、どんな頭の形にもフィットするのでかぶり心地も向上しました。
手前がメッシュハンモックを搭載したタイプ
――(メッシュハンモックをかぶりつつ)これ、頭にすごく馴染みますね!
弓削田工場長:ひとつずつ縫製しているので、手間はかなりかけています。
――ちなみに、通気孔の「あり」「なし」があるようですが、これはなぜ2タイプあるのでしょうか?
堀課長代理:たとえば、電線の敷設など電気工事に従事されている方には、 通電を防ぐために通気孔がないタイプをご利用いただくことになります。規格として穴や隙間がないものしか認められません。ですから、ツバがついているタイ プのヘルメットもありますが、隙間をつくらないため、ツバを後付けするのではなくツバも一体化するような金型を使用しています。
こちらは「電気用」に使えるヘルメット。ご覧の通り、隙間がない
――となると通気性は……?
栗原社長:こればかりは犠牲にするしかないですね……。でも、メッシュハンモックのタイプは用意がありまして、快適性はアップするのでぜひご利用ください。
関西地域の人気NO.1の“ガンダム”ヘルメット
――あと、デザインもいくつかありますよね。ざっくり言うと、角ばったタイプと丸みのあるタイプ、でしょうか?
堀課長代理:これは、ある意味“おしゃれ”ですね。じつは、見た目もヘル メット選びの大きな要素。お客さまによって、形状の好みが分かれるようです。ちなみに、角ばったタイプは機動戦士ガンダムの頭部っぽいと話題になったよう で、ユーザーの皆さまから“ガンダム”と呼ばれているみたいです。愛着を感じていただけているのかなと。
弓削田工場長:“ガンダム”は人気だよね?
堀課長代理:はい。ちなみに、関西だとほとんどが“ガンダム”です。
左のブルーのヘルメットが“ガンダム”
――なんと! なぜ関西で人気なのでしょうか?
堀課長代理:なぜなのか……分からないんです(笑)。関西の販売店さんに聞くと、「丸っこいのは全然振り向いてくれない」と。売上が確実に違います。
――確かに、ゴツゴツしてイカつい感じがカッコいいですが、地域差が出るのは面白いですね。“ガンダム”はどのような経緯で開発されたのでしょうか?
堀課長代理:当時、前面に通気孔があるヘルメットはなかったのでそれをデ ザインの核にして、細部は粘土型をこねくり回して詰めていったようです。どのタイプも開発にあたっては、ヘルメットを仕事で利用されているお客様から、こ ういうのがあったらいいなという情報を集めて、皆さんの声に応えられるようなヘルメット開発をしています。
――最近の製品で、お客さんの声を活かした結果、斬新なデザインになったものはありますか?
弓削田工場長:ここ最近リリースした、ヘルメットに収納式のシールドがつ いている製品があります。これはユーザーの声を活かしました。引っ張ると面が出てきて、ちょっとしたホコリから目を保護できます。ゴーグルの装着が必要な 現場では、このシールドで代用することが可能です。
改良を重ねたシールド内蔵型のヘルメット
堀課長代理:シールドの長さを鼻くらいまでにするか、眼のところまでにしようか、かなり時間をかけて検討しました。植栽で粉砕機を使用する場合だと割と奥まで入ってくるなとか、冬場に吐く息で曇ってしまうとか調整が大変でした。
カラーは自由! ピンクからゴールドまで幅広い
――機能面も個別のニーズにあわせて充実させているんですね。ちなみにカラーはいかがですか? 意外とバリエーションが多いですね。
弓削田工場長:結構あるんです。ピンクなんかもあります。売れ筋はスノーホワイトですね。
とてもカラフル!
――ゴールド&シルバーも! 光が反射してまぶしいような……。
堀課長代理:場所によっては大丈夫……ですね。色は特に規定はないんです。
ゴージャスなゴールド&シルバー。外でかぶると本人以外は眩しくて大変かも?
重要保安部品を手掛ける責任を忘れない
――お客さんからの反響で印象に残っているものはありますか?
栗原社長:最近ですと屋根工事に従事されているお客様からの反響でしょう か。屋根の上って50℃以上になるんです。そこで、先ほどご紹介した『N-COOL』を利用されたところ、髪の毛が汗であまり濡れないという感想をいただ きました。それまで、ヘルメットの内部が汗でびっしょりになっていたようなのですが、そういうことがなくなったと嬉しい評価をいただきました。
――最後に、ヘルメットのパイオニアとしての意気込みを教えて下さい。
栗原社長:競争は熾烈ですが、安心安全が大前提です。たとえば、軽量化にしても追求するあまりお客様の使い勝手が悪くなってしまっては本末転倒です。やはり重要保安部品ですから、頑丈なものをつくり、そのうえでさらにかぶり心地にこだわっていきたいですね。