2020年4月、派遣社員も退職金をもらえるようになるって本当?
働き方改革が社会的注目を浴びています。さまざまな側面での改革が目指されていますが、そのひとつに「派遣社員への退職金支給」が検討されているのです。非正規労働者というカテゴリーに入れられている派遣社員は、就労環境が不安定なこともあり、退職金の支給を歓迎する声もあります。この記事では、労働者派遣法の改正を中心に、派遣労働者への退職金支給の問題について考えてみましょう。
退職金とは、雇用関係を持つ会社を退社した労働者に対して支払われる金銭のことです。一時的に支給されるため「退職手当」または「退職慰労金」などと呼ぶ組織もあります。制度としての退職金には大まかに2種類あると考えられます。「退職一時金」と「退職年金」です。これらは管理者や支給形態が異なっています。退職一時金は、労働者の所属する会社が毎月支払う給料から一定額を差し引き、積立金として管理していきます。退職一時金については一括支給が可能になっています。
一方で、退職年金は働く方自身が年金加入者になり、自ら資産を運用するタイプの退職金です。年金なので、一生涯または決められた一定期間に渡って定期的に支給されます。退職年金といわれる制度には「厚生年金基金」「確定給付企業年金」「確定拠出年金(企業型)」「的確退職年金・非適格年金」などさまざまなタイプがあります。共通点は自分の運用の仕方で支給額が変動する点です。
このような基本知識を理解したうえで、最も注意すべき点は「退職金は労働者の権利ではない」ということです。実は、退職金を定めた法律はありません。逆に言えば、長年勤めた会社を離れるときに、労働者としてその会社に退職金を要求できる法的な根拠はないのです。では何を根拠に退職金が支給されるかと言えば、詳細は「就業規則」に記載されている会社ごとに定められたルールに従っています。労働基準法により、一定規模の組織は明文化された就業規則を定める義務があり、監督官庁に届けることになっています。そこに「退職手当の定め」として、適用される労働者の範囲や、計算方法と支給方法と時期が記載されているのです。
要するに、会社に所属する労働者として退職金について確認したいときには、この就業規則を見ればよいことになります。この記載は使用者側で変更可能ですが、その場合は労使双方が合意するか、改正後の新しい就業規則を労働者に周知することが決められています。ところが、退職金に関する規則が変更されていても、適切な周知が行われないケースもたまにあるようです。そうなると、悪質な使用者が就業規則の変更を理由に退職金の支給を拒否してくる可能性があります。このような事態を避けるためには、使用者側からの周知を待つだけではなく、定期的に就業規則の改定が行われていないかどうか、労働者としてもチェックする必要があります。
ところで、ここまで述べてきた退職金に関する説明で当事者となっている「労働者」には、派遣社員も含まれます。つまり、派遣社員に退職金が支給されるかどうかは、法的に保証された権利ではないことから、会社とのあいだで決めたルールに従うことになるのです。派遣社員には、所属形態によって「登録型派遣」と「常用型派遣」の2種類の区別があります。一般的な意味での「派遣社員」は、登録型のことを指していると考えて良いでしょう。派遣会社(派遣元)に「登録」しておき、求職条件に合う仕事がある会社(派遣先)に出向いて契約条件にある職務を遂行します。
このとき、就労契約書には、限定された契約期間が記載されていて、その期間が過ぎると更新することになります。更新もせず、ほかの派遣先での仕事もしなければ基本的に無給です。一方で、常用型の場合は派遣会社に正社員として「雇用」されます。業務を派遣先で行なう点は登録型と同じなのですが、派遣先での契約期間が満了しても派遣元との雇用契約があるため、給与がもらえるのです。非正規労働市場の一般的な傾向として、登録型派遣では退職金の設定はないと考えて良いでしょう。あるとすれば、常用型派遣で、就業規則に明確に記載がある場合のみ退職金がもらえるのです。
派遣社員の社会的立場を規定する法律が「労働者派遣法」です。2020年4月からの改正によって、派遣社員にも一定の条件のもとで退職金が支給されることになります。以下で、法改正の概要と退職金支給の可能性について確認してみましょう。
高度成長が終わり、バブル経済の隆盛と崩壊を経て、働き方の多様性が求められる時代になりました。同じ会社のなかで、従来からの正社員と呼ばれる「正規」労働者と、派遣社員やアルバイト・パートなどの「非正規」労働者が協働することが一般化しているのです。長期的な傾向としては、バブル崩壊以来、経済状況の悪化に起因する新卒採用数の減少などで、非正規労働に従事する方が増加してきています。しかしながら、長らく待遇に差がつけられた状態が続いていました。たとえば、非正規労働者には賞与が支給されなかったり、同じ作業でも正社員と比べると割安な対価での労働が常態化していたりしたのです。
また、数カ月単位に区切られた契約期間によって、雇用の安定性が損なわれているという指摘もありました。そこで、政府主導で「働き方改革」が提唱され、さまざまな関連法案が作られてきました。そのなかに、派遣社員への退職金支給の問題も含まれていたのです。2019年1月の厚生労働省による通達や、2020年4月からの改正労働者派遣法によって、ようやく実現されるスケジュールになっています。実は、この改革の元になった考え方に「同一労働同一賃金」という価値観があります。つまり、同じ仕事や働き方をしているのであれば、会社内での立場にかかわらず、同じ賃金をもらうべきであるとの考え方です。
これは世界的にはスタンダードな労働観といわれています。日本の労働市場に当てはめれば、正規と非正規の不条理な待遇差を是正するための具体的な施策が問われることになるのです。その指針について、厚生労働省は同一労働同一賃金という考え方への理解を深めるためのガイドラインを示しています。さらに、この問題に取り組む事業主へのサポートも用意されていて、各都道府県に「働き方改革推進センター」と呼ばれる窓口を設置しています。これに連動して、地方自治体の側でも都道府県労働局によって「キャリアアップ助成金」などを創設して、財政面での助成を図っているのです。
今回の労働者派遣法改正では、正社員と派遣社員のあいだにある不合理な待遇差を改善する2つの方法が採用されています。1つは「派遣先均等・均衡方式」で、派遣先の企業が派遣元に対して提供した正社員の待遇情報をもとに派遣社員の待遇を決定する方法です。もう1つは「労使協定方式」です。この場合の労使とは、派遣元での「使用者」と「労働者」のことであり、当事者は派遣会社とそこに登録している労働者です。具体的には、ある「派遣先」での過半数の労働者によって組織される組合か、過半数を代表者する者と「派遣元」事業主とのあいだで合議によって協定を取り決めて、書面で締結することになります。労使協定方式では、派遣労働者側がより積極的に参加できる仕組みとなっているため、待遇に対しての満足度は高くなると考えられます。
労働者派遣法の改正によって、一定の条件が揃えば2020年4月から派遣社員も退職金が受け取れるようになるのです。受け取り方には3つの方法があり、派遣元事業者との話し合いで決めることになります。
1つ目は、勤続年数などから算出する方法です。これまで正社員に適用されてきた一般的な退職金と同じような考え方で、派遣元が自社内で処理します。支給する金額の基準は、派遣元の退職金制度や厚生労働省の通達に見られるような一般労働者の退職手当制度を比較して決めることになります。2つ目は、時給に上乗せする方法です。退職時に一括して支給するのではなく、毎月の給与と一緒に支給します。いわば、退職金の分割払いです。派遣労働による退職金の額を時給換算で分割した金額と、同じ仕事をする一般労働者の賃金水準に6%を上乗せした金額を比較することで支給額が決まります。
3つ目は、中小企業退職金共済制度へ加入する方法です。派遣元事業者が中小企業退職金共済制度の運用者に掛け金を毎月納付し、社員が退職するときにはこの制度から退職金が支払われます。支給額の基準は上乗せ方式と同じで、給与の6%以上であれば同種の業務に従事する一般労働者の退職金額と同等以上とみなされるのです。
2020年4月からの労働者派遣法の改正によって、派遣社員も退職金が受け取れる環境が整うわけですが、そのためには次のようなポイントを押さえておく必要があります。まず、大前提として、派遣先の会社に退職金制度があるかどうかです。そもそも、多様な働き方を推奨し、正社員と派遣社員のあいだにある待遇の不均衡を是正するために「同一労働同一賃金の原則」が提唱されました。それを法律として反映させたのが今回の労働者派遣法の改正と言えます。
すでに触れたように、退職金制度は法律で決められた義務ではないため、派遣先の会社には正社員に対して支給する退職金制度がない場合も考えられます。そうなると「同一労働同一賃金の原則」から考えて、派遣社員だけが退職金を受け取れる可能性は低くなるのです。また、派遣社員の種類にも注意する必要があります。今回の労働者派遣法の改正は、登録型派遣としての有期雇用の労働者の待遇を改善することが目的です。つまり、派遣元事業者と常用型派遣の契約を結んでいる派遣社員は、今回の法改正による退職金支給に関する措置は適用外となります。ただし、常用型派遣の場合は、派遣元の就業規則に退職金規定が明記されていれば、それが適用されます。
今回の労働者派遣法の改正によって、非正規雇用者としての派遣社員の待遇改善が進み、正規雇用者である正社員との格差是正が期待されています。その格差のひとつが賃金の問題であり、退職金はその象徴でした。これまで退職金は正社員向けのものであると考えられがちでしたが、同一労働同一賃金の原則から、派遣社員の受給環境が法律的にも整ってきたと考えて良いでしょう。