フルハーネスの特別教育とは?受講条件や講習内容について解説
建設現場やビルの窓清掃などでよく見かける高所作業では、スペースの問題で落下防止に必要な柵を設けられないこともあります。そのため、作業者が転落して事故にならないよう、さまざまな安全対策が行われています。フルハーネスの着用も安全対策の1つ。今回は、フルハーネスの資格(特別教育)が生まれた経緯や、特別教育の講習内容について解説します。
【目次】
■フルハーネスの資格は事故の回避につながる
・2022年1月2日からフルハーネス型の装着が義務化されている
■フルハーネス特別教育の受講要項を解説
・受講条件
・受講場所
■特別教育は学科と実技の2種類
・学科教育
・実技教育
■フルハーネス特別教育が免除されるケース
・一部の特別教育が免除されるケース
・特別教育が免除されるケースは無い
■フルハーネスの特別教育を受けないと転職できない?
■フルハーネスに関するQ&A
・Q.胴ベルトはもう使えないの?
・Q.5m以下でもフルハーネスは使えるの?
・Q.高所・低所を行き来する場合は常時フルハーネスでもいいの?
■フルハーネス特別教育を受けて高所作業に備えよう
フルハーネスとは墜落制止器具の1つで、高所作業の墜落事故を防ぐために作業者が体に身に着ける装置です。6.75m(建設業では5 m)以上の高所作業を行う場合は、必ずフルハーネスを装着することが義務付けられています。
また、2m以上かつ作業床が設置できない場所での作業を行う場合は、フルハーネスの特別教育を受けなければ、作業をする資格が得られません。
では、なぜフルハーネスの特別教育を受けてまで、高所作業の資格を得る必要があるのでしょうか。
それは、日本の労働災害状況に由来します。厚生労働省が公表している労働災害発生状況の集計結果によれば、日本の労働災害で最も多いのは墜落・転落です。
日本では、高所作業中の墜落や転倒によって命を落とす人の割合が高く、2021年時点の死亡者数は217名と、全体の25%を占めている状態です。
出典:厚生労働省「令和3年 労働災害発生状況」
このような現状から、高所作業の安全対策について見直しがなされ、法改正が行われました。
特別教育が義務化されているのは、作業床がない不安定な場所で作業を行う場合です。特に墜落の危険性が高いからこそ、フルハーネスを正しく使う方法を学び、自分の命を守るための知識をしっかりと身に着けなければなりません。
これまで、高所の作業では、胴ベルト型とハーネス型の2種類の墜落制止用器具が使われていましたが、胴ベルト型では墜落時に胸が強く圧迫されたり内臓が損傷したりするなどのリスクが問題視されていました。
また、世界的には高所作業にはフルハーネスが採用されており、国際的な規格との整合性をはかる必要性もありました。
このような事情が重なり、厚生労働省は安全帯の名称・範囲と規格要件の見直しを実施。特別教育の義務化も進め、墜落による労働災害を防ぐための対策を強化しました。
法改正のチェックポイントは、以下3点です。
- 「安全帯」の名称を「墜落制止用器具」に変更
- 墜落制止用器具は原則として「フルハーネス型」を使用
- 安全衛生特別教育が必要になる
1つ目は「安全帯」の名称を「墜落制止用器具」に変更したこと。
「安全帯」では胴ベルト型(一本つり)、胴ベルト型(U字つり)、ハーネス型(一本つり)の3つでしたが、「墜落制止用器具」では胴ベルト型(U字つり)が落下防止用の器具から外されました。
変更前 | 変更後 | |
名称 | 安全帯 | 墜落制止用器具 |
器具の範囲 |
①胴ベルト型(一本つり) ②胴ベルト型(U字つり) ③ハーネス型(一本つり) |
①胴ベルト型(一本つり) ③ハーネス型(一本つり) |
胴ベルト型(U字つり)は、柱の上で体勢を保ち、両手で自由な作業を行うためのワークポジショニング用器具です。
U字つりには墜落防止の機能がないため、「墜落制止用器具」からは除外されています。高所で胴ベルト型(U字つり)を使う場合には、フルハーネス型の墜落制止器具との併用が必要です。
2つ目は、墜落制止用器具は原則「フルハーネス型」を使用すること。
墜落制止用器具は、フルハーネスが原則となります。腰だけで固定する胴ベルト型よりも、肩・胸・腿など複数個所を固定するフルハーネスのほうが、体へのダメージが小さいためです。
ただし、作業場の高さが6.75m(建設業5m)以下の場合、フルハーネスだと落下距離よりも落下防止のベルト(ランヤード)のほうが長くなる可能性があり、地面にぶつかってしまうおそれがあるため、胴ベルト型(一本つり)の使用も認められています。
3つ目は、「特別教育」が必要になること。
「高さが2m以上の場所で、かつ作業床を設けることが困難であり、フルハーネスを着用して行う作業(ロープ高所作業にかかる業務は除く)」を満たす環境で働く労働者は、学科・実技を含めて計6時間の「特別教育」を受けなければなりません。
法改正に伴い、墜落制止用器具の規格も変更されました。フルハーネス型墜落制止用器具においては新規格が制定され、2019年8月からは旧規格品の製造が禁止されました。
墜落制止用器具には「ショックアブソーバ(衝撃吸収装置)」という構造がついており、墜落時のダメージを軽くしてくれます。
ショックアブソーバは、フックの位置によって適切な種別を選ぶことが重要です。腰より高い位置にフックを掛ける場合は第一種ショックアブソーバ、足元に掛ける場合には第二種ショックアブソーバを選びましょう。
ショックアブソーバの種類 | 第一種 | 第二種 |
フックの取り付け位置 | 腰より上の位置 | 腰より上の位置・足元付近 |
自由落下距離 | 1.8メートル | 4.0メートル |
衝撃荷重 | 6.0キロニュートン以下 | 4.0キロニュートン以下 |
ショックアブソーバの伸び | 1.75メートル以下 | 1.2メートル以下 |
出典:厚生労働省「安全帯が『墜落制止用器具』に変わります!」 |
同じ長さでも、フックを掛ける位置によって落下距離が変わります。足元にフックを掛けた第二種ショックアブソーバは大きな衝撃から身を守れるよう作られていますが、そのぶん落下距離が伸び、人体にかかる衝撃は大きくなりがちです。
基本的には足元にフックを掛けない環境を整えて、第一種ショックアブソーバを選ぶほうがより安全といえます。
墜落・転落事故が多い理由として、安全帯の不適切な使用が原因でした。特に初心者については、使い方・機能についてきちんと教育をしなければならないという流れになりました。
フルハーネス特別教育を受けなければならない人は、以下のように定められています。
高所作業を行う作業員のうち、「高さ2m以上かつ作業床を設けること難しい場所で、フルハーネスを着用して行う作業(ロープ高所作業に係る業務を除く)」に該当する作業員は、特別教育の受講・修了が義務付けられています。
作業床(足場)を設置できる作業場であれば 高さ2m以上であっても、フルハーネス特別教育を受講する必要はありません。
フルハーネス特別教育を受けるべきにもかかわらず、受講せずに高所作業を行った場合は法令違反となり、事業者は懲役6か月以下または罰金50万円以下の罰金が科せられます。
特別教育は、建設業関連の一般社団法人や財団法人が主催しており、全国各地で受講できます。
労働技能講習協会、中小建設業特別教育協会、建設業労働災害防止協会といった建設業関連が主催しており、全国各地で行われていますが、期間が定まっているわけではありません。
ここであげた団体以外にも講習会を開催しているので、現在の開催状況を知りたい方は「フルハーネス特別教育 地域」で調べてみてください。
出張講習に対応している団体やWEB講習もあるので、受講会場が近くになくても受講する方法はあります。申込方法や講習の流れは団体によって異なりますので、受講したい団体のホームページなどを確認しましょう。
フルハーネス型墜落制止器具の特別教育には、学科と実技があります。時間は学科4.5時間(表1)、実技1.5時間(表2)の合計6時間です。
完結な解説にはなりますが、学科と実技の内容についてみていきましょう。
学科は4テーマあります。作業に関する知識、墜落制止用器具に関する知識、労働災害の防止に関する知識、関係法令です。
表1:フルハーネス型墜落制止器具 特別教育の学科教育
学科科目 | 範囲 | 時間 |
作業に関する知識 |
①作業に用いる設備の種類、構造及び取扱い方法 ②作業に用いる設備の点検及び整備の方法 ③作業の方法 |
1時間 |
墜落制止用器具に関する知識 (フルハーネス型のものに限る) |
①墜落制止用器具のフルハーネス及びランヤードの種類及び構造 ②墜落制止用器具のフルハーネスの装着の方法 ③墜落制止用器具のランヤードの取付け設備などへの取付け方法及び選定方法 ④墜落制止用器具の点検及び整備の方法 ⑤墜落制止用器具の関連器具の使用方法 |
2時間 |
労働災害の防止に関する知識 |
①墜落による労働災害の防止のための措置 ②落下物による危険防止のための措置 ③感電防止のための措置 ④保護帽の使用方法及び保守点検の方法 ⑤事故発生時の措置 |
1時間 |
関係法令 |
⑥そのほか作業に伴う災害及びその防止方法 (安衛法、安衛令及び安衛則中の関係条項) |
0.5時間 |
出典: (財)中小建設業特別教育協会「フルハーネス型墜落制止用器具特別教育 講習会のご案内」 |
実技では、墜落制止用器具のフルハーネスの装着方法や、ランヤードの取付け設備などへの装着方法・点検・整備の方法を学びます。実際にフルハーネス型を装着しますので、普段使っている作業着を着て行くことをおすすめします。
表2:フルハーネス型墜落制止器具 特別教育の実技教育
実技科目 | 範囲 | 時間 |
墜落制止用器具の使用方法など |
①墜落制止用器具のフルハーネスの装着方法 ②墜落制止用器具のランヤードの取付け設備などへの取付け方法 ③墜落による労働災害防止のための措置 ④墜落制止用器具の点検及び整備の方法 |
1.5時間 |
出典: (財)中小建設業特別教育協会「フルハーネス型墜落制止用器具特別教育 講習会のご案内」 |
フルハーネスの特別教育は、作業内容や実務経験の有無によって、以下の表3のように、学科が省略されるケースがあります。
表3:フルハーネス型墜落制止器具 特別教育の省略規定
学科 |
6カ月以上の従事経験 (2m以上の箇所、作業床が設置困難) |
特別教育受講 (足場/ロープ高所) |
|
フルハーネス型 | 胴ベルト型 | ||
作業に関する知識 | 免除 | 免除 | 〇 |
墜落制止用器具に関する知識 (フルハーネス型) |
免除 | 〇 | 〇 |
労働災害の防止に関する知識 | 免除 | 〇 | 免除 |
関係法令 | 〇 | 〇 | 〇 |
フルハーネス型墜落制止器具の特別教育は、どなたでも受けられます。また、法令改正前にフルハーネスの使用経験が6ヶ月以上ある場合は、一部の科目を省略できます(表3)。
例えば、フルハーネス型器具で6カ月以上業務に従事した経験があれば、「関連法令」を除く3テーマは免除されます。胴ベルト型の着用経験しかない場合は「作業に関する知識」のみが免除対象です。
また、足場の組立て・ロープ高所作業に関する特別教育を受講したことがある人は、「労働災害の防止に関する知識」が免除対象となります。
作業内容や実務経験によって科目を省略することは可能ですが、特別教育そのものが免除される条件は過去に特別教育を受講したことがある方のみです。
業務経験があるからといって、免除されることはありません。
高所作業の経験がない未経験でも歓迎している求人は多く、転職しやすい職種です。未経験者であれば、給料は額面20万円以上です。特別教育とは別に、独自の研修・勉強会を催す会社もあります。
一方、作業床のない高所で作業を行う場合は、フルハーネスの特別教育を必ず受講しなければいけません。そのため、特別教育を受講していれば、選考で優遇される可能性もあります。
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労働基準監督署が公表している「墜落制止用器具に係る質疑応答集」から、フルハーネスでよくある質問についていくつかご紹介します。こちらの質疑応答集を読んでもわからないことがあれば、所轄の労働基準監督署に直接相談してみましょう。
A. いいえ。6.75m(建設業は5m)以下の作業については、胴ベルト型(一本つり)が使えます。ただし、新規格をクリアした安全性の高い胴ベルトのみ使用が認められています。
しかし、墜落制止用器具ではないので、高さ2m以上の箇所で作業を行う場合は、フルハーネス型か胴ベルト型(一本つり)と併用しなければなりません。
なお、高さ 6.75mを超える箇所ではフルハーネス型のみ併用可能です。また、胴ベルトはハーネスと比べて体への衝撃が大きくなる傾向があるので、胴ベルトが推奨されているわけではありません。
A.はい。フルハーネスに高さ制限はないので、5m以下でフルハーネス型を使うことは可能です。安全ロックのついたランヤードを使えば、落下距離を短くできます。
しかし、2m程度だとフルハーネスを使うには低すぎて、墜落時に地面とぶつかってしまうリスクがあります。5m以下の場所でフルハーネスを使う場合は、作業床や柵を設けるといった墜落防止策を講じて、フルハーネスに頼りきりにならないような工夫をするのが有効です。
A.はい。墜落制止用器具は原則としてフルハーネスの使用が推奨されています。高さ 6.75mを超える場所と、6.75m以下の場所を行き来する作業がある場合は、常時フルハーネスを使っても問題はありません。
その際には、取付設備の高さ、作業者の体重に応じたショックアブソーバのタイプやランヤードの長さを適切に選択しましょう。
フルハーネス型墜落制止器具特別教育は、器具を作業者が正しく安全に使用するための教育です。労働安全衛生法の改正により、高さが2m以上で、作業床を設けることが困難な場所で作業をする人には、特別教育が義務付けられました。作業床が設置できる箇所での作業であれば受講は不要ですが、高所作業に携わるなら受けておいて損はない内容です。
特別教育は、計6時間の学科と実技がありますが、経験に応じて学科試験の一部が免除されます。全国各地で受講できますが、近くにない場合でもWEB講習などフレキシブルなスタイルで受講可能です。詳しくは、関連団体の公式サイトを確認するといいでしょう。
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